ぐふふランド

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僕が格ゲーで羨ましいこと。これだけは現実になったらなぁ。

ブログキャラクターのぐふふだよ!

最近youtubeで格闘ゲームの動画をよくみるんだな!

その時思ったことをちょっと書くよ。

はどーけん!

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言語が統一された世界

別に格闘ゲームだけではないし、RPGだってアクションだってそうなんだけど。

 

ゲームの世界って言語が統一されているよね。

 

例えば「俺より強い奴に会いに行く」ことしか考えていなさそうなRYUさんですら世界各地にとんでストリートファイトをする。

 

ファイトが終わればお互いをたたえあう。これってすごくない?

「筋肉キャラは脳肉www」なんて言われないよこれ。

 

だって日本人と思われるRYUさんがガイルやダルシムやバルログやサガットと話しているんだよ?彼ら何人よ?アメリカインドスペインタイだよ?

 

ファイナルファンタジーってどのシリーズでも大型移動手段があって、世界各地を旅する。

なのに主人公たちが言葉が通じなくて困るところをみたことがない!

(ひょっとしたらあるかもしれないけど僕はしらない)

 

 

これって凄い。

 

そして羨ましい。

 

 

僕が考える言語統一されるべき3つの理由

 

最近僕は色んな勉強をする機会をいただいております。

その中で「共通言語」というものを学びました。

 

ここで学んだ「共通言語」は、ビジネス社会で良くつかわれる部類のもの。

なんていうかな、一つの目的や方向性を、あるチーム内で「それって〇〇だよね」と定義するもの。っていう感じ。ちょっとわかりにくい。

 

例えば「ビジネスで求められる人材は?」というテーマを調べる必要があるとする。

二人一組のチーム内で話あうとする。

 

「今の時代常に変化できる人だよね」

「勉強しつづけて向上心をもちつづけるとか?」

「異業種を繋ぎ合わせれる人とかきいたよ」

 

と色々話あって調査するわけなんだけど、そこで二人の「ビジネスで求められる人材は?」というテーマに対して共通言語を決める。「変化に対応しつづけられる人か。そうだ。僕たちの共通言語を「柔軟性」にしよう」とね。

 

そうするとこの「柔軟性」というものが二人の頭にはいる。

 

あとはこの柔軟性という共通言語をもって調査をしたり話がすすむから、とても議論がスムーズにいく、という感じだ。うーんわかりにくいね。ごめんね。

 

共通言語として、共通のイメージをとらえることでコミュニケーションがスムーズにすすむっていうべきかな。

 

で。

 

ここまでながながと書いたけど、僕が言いたいのはこのビジネス用語としての「共通言語」ではない。ここまで書いておいてだけど。

 

日常生活を送る上で使う「共通言語」だ。

 

僕は、世界の言語が、やがては一つに統一されるべきだと思っているよ。

その理由は3つあげられるよ。

 

 

意思疎通ができる

ブログとかツイッターとか様々なメディアを見ていると多くの人が次のような発言をしているよ。

 

「コミュニケーションが苦手だ」「人づきあいが苦手だ」

 

とね。

 

これって単純に性格の問題とかコミュ力に目が行きがちだけど、根底にあるのは「意思疎通ができない不自由さがいやだ」ということだと僕は考えている。

 

例えば皆のまわりにも、「話はほとんどしないけど同じ部屋にいても居心地悪くない人」とか「本当に沢山話してくれるし気にもかけてくれるけど疲れる人」っていうのが近くにいないかな。もしくはそういう経験ってないかな。

 

これって不思議な力が働いているよね。単純に自分や相手の性格とか、コミュ力だけじゃないもので構成されている感じ。

 

僕は上記のような関係は「意思疎通ができているかどうか」にポイントがあると思っている。

 

話はほとんどしないけど自分をわかってくれて、自分も相手のことがわかっている

 

話は沢山するけど自分のことはよくわかってくれてなくて、自分も相手のことがよくわかっていない

 

うん。文字に起こしただけで疲れてきそうだ。

 

つまり人との関係性の中で、相手との「会話力」や「コミュ力」も必要なんだけど、深い意識の中に「意思疎通」が必要であることがわかる。

 

で。

 

言語が違ったらこの意思疎通ができないわけだ(前振り長い)

 

当然だよね。お互いに違う言語使っていたら、何いっているのかわからない。

 

出来るのはせいぜい、身振り手振りによるジェスチャーアクションだけだろう。

 

これじゃあ相手を理解しろと言われても、また相手に気持ちを寄せたくても無理だろう。

 

なんたって「意思疎通」できないんだからね。

 

新米お母さんがあかちゃんの対応に困ってストレスなのって、これが原因じゃないかな。

 

 

気持ちが伝わる

次に「気持ちが伝わるかどうか」が重要になってくる。

 

なぜなら、今でもやろうと思えば世界中の人と会話できるからだ。

 

翻訳機を使って。

 

翻訳機があるから言語統一しなくてもいいじゃないかって声もあるかもしれない。

 

でもそれでは無理だ。なぜか。

 

翻訳機は、人の気持ちは訳してくれないから。

 

さっき意思疎通のところで話したけど、人は言葉を通して気持ちが「通じる」ことで初めて通ずる。

 

翻訳機なら言葉の「意味」は伝わるけど「気持ち」は伝わらない。

 

「方言」だとか「いいまわし」とか「教養」とか。

 

翻訳機はそこまで伝えることができない。

 

だからビジネスライクな、軽い関係を保つことなら、翻訳機でいいと思う。

 

ただし、それじゃあ最初にいったところの「意思疎通」が結局できないからストレスをかかえたまま。

 

問題解決に至らない。 

 

家族になれる

同じ屋根の下で飯を食べれば家族 

 

とはよくいったもので。人との関係性をぐっと近づけることができます。

 

ビジネスとか歓迎会とかで食事をするのも、食事っていう一番親しい人と過ごす時間帯を共にすることで「あなたと私は通じています」って立場になります。

 

もし関係をよくしたい相手がいるなら食事に誘いましょう。

 

とはいえ食事だけではどうしても縮めれない距離があって、そこが「言語」による距離です。

 

同じご飯を食べて同じ言葉をしゃべる。これってすなわち家族ですよね。

 

家族なら意思疎通もできる。会話もできる。ご飯も食べる。

 

ながなが書いてしまったんだけど、家庭というものを大切にしていたら自然と言語は統一されるべきってすぐに考えになっちゃうんですよ。

 

最初のポイントで書いた「自分が理解して、相手にも理解されている関係」って身近な例でいうと家族ですよね。

 

父や母や兄弟が同じ部屋にいる。そんなにべらべらとしゃべるわけじゃない。けど居心地はいい。

 

そういった身近な関係に焦点をおいてコミュニケーションすれば、世界平和もやってくると僕は思っています。

 

 

言語が統一したら「意思疎通ができる」

言語統一とはちょっと違う話だけど、コミュニケーションで「意思疎通」も同じぐらい重要だから話しておきたい。

 

同じ日本人なのに、意思疎通できなくてなんだか気まずい。相手に理解されない、理解できないとき。あるよね。

 

例えばパチンコが好きで休みの日にはパチンコに行く人が、休みの日に必ず図書館に行く人と話をする。

 

お互いに「それはない」って思っている関係性としてね。

 

お互いに同じ日本人なのに、同じ言語を使っているのに通じあわない。苦手。

 

これって僕が何回もいっている「意思疎通」ができていないから起こる話なんだよね。

 

だから言語統一されて意思疎通できるのか、意思疎通することで言語統一されるのか線引きは難しい。

 

ただどちらも重要ということだけは伝えておきたいです。

 

いずれその世界はくる

僕が生きているうちかどうかはわからないけど、世界の言語は統一されるよ。

その時に答えがでる。

 

「皆が同じ言葉をしゃべれるっていいことだ」

 

ってね。

 

現状色んな問題があることは百も承知。だけど未来を考えたらそんなこと言っている場合でもない。

 

もし皆様のまわりで関係性に困る相手がいたら「ご飯を一緒に食べる」「相手の意思疎通ができるものをさがす」ことでぐっとお近づきになれますよ。

 

 

 

ってことでこのへんで。 

 

ばいばーい。